大判例

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東京高等裁判所 昭和36年(く)9号 決定

本件抗告の理由は、抗告人作成の昭和三十六年一月三十日付抗告申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。案ずるに、抗告人は大正十年一月二十二日善積円助及び同人の妻タ、と養子縁組をなし、即日右円助の長女チクヨ(タ、の継子に当り、後に教枝と改名した)と婚姻し、同年三月十四日抗告人と教枝との間に善積貞宗が出生したが、昭和二年十一月二十一日抗告人は円助らと協議離縁し、善積家を去つて一家を創立して栗宮姓となり、教枝もまた夫に従つて善積家より除籍せられて栗宮家に入つた。しかして長男貞宗のみは善積家に止つていたところ、同人は昭和十九年七月二十五日戦死し、善積円助はこれよりさき昭和十一年十月二十六日死亡したこと、昭和二十八年法律第百五十五号恩給法の一部を改正する法律の附則第十条により新たに旧軍人の遺族に対し扶助料が支給されることとなつたが、恩給局としては、当該軍人が日本国憲法施行の日(昭和二十二年五月三日)以前に死亡したものであるときは、その遺族の範囲は昭和二十三年法律第百八十五号による改正前の恩給法第七十二条によるべきであるとし、当時抗告人は貞宗と家を異にしており、タ、だけが貞宗と同一戸籍内にあつた事実に基き、爾来タ、に対して貞宗が戦死による扶助料を支給していることは、いずれも記録に徴し明らかである。

ところで抗告人は右改正前の恩給法第七十二条は、遺族の範囲を定めるに当り、同一戸籍内にあることを要件としていて、戸籍簿上の家を尊重し個人の尊厳を侵害するものであるから、憲法第十一条、第十三条、第二十四条等に違反し無効のものであるといわなければならない。さればタ、は本件扶助料を受給する権利を有するものでないことは明らかであり、抗告人はさきにも恩給局長に対し、恩給給与規則第三十二条によりタ、の失権事実を通知したにも拘らず、同局長がこれを無視して非遺族たるタ、に対する支給を継続し、よつて正当なる受給権者たる抗告人の受給を不可能ならしめているのは、公務員職権濫用の罪を犯すものであるというのである。

よつて審究するに、新たに旧軍人の遺族らに恩給扶助料を支給することとした昭和二十八年法律第百五十五号附則第十条においては遺族の範囲を明定しておらず、しかして日本国憲法の施行に伴い昭和二十三年法律第百八十五号によつて恩給法第七十二条が改正されて遺族の範囲が変更されているために、右旧軍人らの遺族の範囲は右改正前の恩給法第七十二条によるべきか改正後の同法条によるべきかにつき、解釈上疑義の余地があるとするも、いやしくも恩給局長に、扶助料支給に関し刑法第百九十三条の公務員職権濫用罪の成立するためには、恩給局長が特に受給権利者を害する意図の下に無権利者に支給する等法令の条件を具備しないことを認識しながら不法に権限を行使する場合に限られることは明らかであるところ、本件においては、恩給局長八巻淳之輔作成名義の旧軍人等の遺族の範囲についての回答書等により明らかなように、恩給局長としては、法令を比照検討の上合理的な結論として、昭和二十八年法律第百五十五号附則第十条によつて新たに扶助料を受けることとなつた旧軍人らの遺族の範囲は、当該軍人らが日本国憲法施行日前に死亡した者である場合には、昭和二十三年法律第百八十五号による改正前の恩給法第七十二条の規定によるべきものと解し、貞宗戦死当時一人同一戸籍内にあつたタ、が扶助料受給権者であるとして同人に対しこれを支給しているのであつて、決して不法の支給であることを認識しながら擅に職権を行使しているものでないことが認められるから、恩給局長に職権濫用罪の成立するといわれないことは多言を要しない。

してみれば本件につき東京地方検察庁検事のした不起訴処分及びこれを不当とする付審判請求を棄却した原決定はいずれも正当であり、本件抗告は理由がない。

(長谷川 白河 関)

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